(株)ミヨシにて、長年に亘って花きの新品種育成および販売に携わってきた先生が種々感銘を受けた事柄を事例に挙げて、これから花き生産に取り組む上での心構え、および励みになれば、と言うことで講演された。各事例に出てくる心構えは花き生産者だけでなく、多くの人達に共通する内容であり大変勉強になりました。
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| 事例‐1 |
切り花用としての葉ボタン |
三重県在住 奥隆善氏 |
今年の正月、奥氏より切り花葉ボタンが送付されてきた。通常、葉ボタンは正月の観賞用として鉢植え、寄せ植え、花壇などに利用する。送られてきた葉ボタンは長さ2メーターの箱に入っており、草丈1.2−1.4メーターで2本ないし3本に分枝していた。普通1本立ちのものは存在するが、分枝しているものは見たことが無かったので、大変驚いた。
通常、ハボタンは7月播種であるが、草丈を伸ばして分枝させるために5月上旬に播種したとのこと。2本―3本に分枝した切り花用葉ボタンの栽培生産は珍しい。
また、奥氏はアサガオの切り花としての利用も考え出した。からませる竹がない。ヨシズを支柱として使い分けた。
今迄のしきたりを打ち破ろうとする意欲、他人がやらない事をやる心意気がだいじである。
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| 事例‐2 |
シャクヤク「タキノヨソオイ」の育成 |
新潟県在住 滝沢久寛氏 |
1972年(昭和47年)、20年間かけて「タキノヨソオイ」を育成増殖した。
気力と辛抱、売れるものを見極めた眼力、農水省種苗名称登録品種となった。
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| 事例‐3 |
宿根カスミソウ、 メリクロンでの増殖 |
1973年(昭和48年)、房州の生産者がまずハウスに取り入れた。梅雨に当たると花が腐りやすかった。宿根カスミソウ、当時はさし木できなかった。接ぎ木で増殖していた。これを組織培養でメリクロン苗を増殖することに成功した。沖縄産カスミソウ、1本700円で売れた。カスミソウ御殿が出来た。夢を背負った作物だった。
夢を持つことが大切。夢を持った房州の生産者の努力の賜物である。
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| 事例‐4 |
カーネーション「エンゼル」、 メリクロンでの増殖 |
1976年(昭和51年)、「エンゼル」は北九州が発生の地であったが、メリクロンで再生後は房州の生産者がその栽培体系を確立した。カーネーションは通常1000坪単位でないとハウス経営は難しいとされていたが、「エンゼル」は株当りの採花本数が多く100坪単位でも経営可能となった。これにより「エンゼル」ブームが続いた。生産者の創意工夫により「エンゼル」の栽培体系が確立された。房州の生産者の技術はすばらしい。
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| 事例‐5 |
ガーベラ、 メリクロン苗の開発 |
種子系の苗(ヴァンウィック社、ヨンゲレネン社の品種系統)は植えるときに良い個体、悪い個体の区別がつかない。他方メリクロン苗は優劣がない。メリクロン苗の開発により種子系からメリクロン苗に変わった。メリクロン苗がガーベラを一変させた。生産者にとっては常に次の手段が待っている。日々これで良いのかと反省してほしい。日常の問題意識が大切。
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| 事例‐6 |
宿根スターチス |
長野県在住 小田切芳直氏 |
「アルタイカ」(種名)3系統を見つけた。3系統のうち1系統をメリクロンで増やそうと考えて、実現させた。従来あまり見向きされなかったものがメリクロンで増殖可能になったので人気者になった。幕下から大関に出世した。更に改良を加えた宿根スターチスは現在、オランダに輸出している。従来あまり見向きされなかったものが人気者になった。メリクロンのなせる技。
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| 事例‐7 |
プラグ苗の話 |
1985年米国ボール社からプラグ苗技術を導入する時、日本に苗工場を作り販売することになった。当時、日本で初めてのプラグ苗技術導入の決断を鰍ンかど育種農場(故)越部平八郎前社長がした。米国では、プラグ苗は鉢物に使うのが常識であったが、日本ではなじめなかった。そこで、(株)ミヨシは切花に利用することを発想した。但し条件をつけた。1プラグから数本―10数本切れる種類を選んだ。1株1本しか切れないトルコギキョウの場合は1プラグに3―4粒播いて1プラグから3本ぐらい立たせた。既成概念を破ることが大切。「発想の転換」、を花き生産の経営のなかに取り入れた。園芸ではちょっとしたきっかけが重要である。
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| 事例‐8 |
弁先に彩りのある覆輪トルコギキョウを房州在住 |
(故)堀海氏が育成した。 |
弁先に彩りのある覆輪トルコギキョウは従来無かった。これによりトルコギキョウに対する評価が一変した。市場での評価が高まり、売れるようになった。創造力と新奇性追求の努力。
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| 事例‐9 |
スプレイストックの育種 |
房州在住 黒川氏 |
育種の過程での転機により成功した。夢物語を現実化した。創造力と感性。房州には素晴らしいブリーダー(育種者)が居る。
以上感じたままを述べたが「園芸の歴史」は繰り返すという信念を絶えず心に留めておくことが大切と考えます。
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